旧日本海軍の戦艦、空母や航空機などについて簡単にご紹介します


重巡 愛宕

重巡洋艦 愛宕【高雄型重巡洋艦 ニ番艦】
Heavy Cruiser  ATAGO 【TAKAO-class Heavy Cruiser  2nd】


参考資料 『写真・太平洋戦争の日本軍艦 [大型艦篇][軽艦艇篇]』(阿部安雄・中川勉)
起工日 進水日 竣工日 退役日(沈没)
レイテ沖海戦
建 造
1927年4月28日 1930年6月16日 1932年3月30日 1944年10月23日 呉 海 軍 工 廠
基準排水量 全 長 全 幅 速 度 馬 力
① 9,850t
② 13,400t
① 203.76m

① 19.00m
② 20.73m
① 35.5ノット
② 34.0ノット
① 130,000馬力
② 133,100馬力
①1932年竣工時  ②1939年(改装完了後)

「私が姉です」 愛宕型とも呼ばれる二番艦 愛宕


【愛宕】「高雄型」の二番艦とされていますが、竣工はこの【愛宕】のほうが2ヶ月ほど早く、「愛宕型重巡洋艦」とも呼ばれています。
竣工日が一番早くてもネームシップになっていない艦は他にも【那智】【龍田】などがいますが、この【愛宕】はこれら2隻よりも「愛宕型」と称されることが多かったと言われています。
現在の海上自衛隊に「あたご型護衛艦」が存在する一方で、「たかお型」が存在しないのはこのような過去があるからかもしれません。

他にも竣工後、当時の犬養毅首相が東京湾を巡航したこともあり、【高雄】より国民の知名度も高く、かなり人気の重巡洋艦だったようです。

竣工後、【愛宕】は第二艦隊旗艦に就任。
【高雄】と同じく南方方面を駆け巡りますが、その後、「第二次・第三次ソロモン海戦、南太平洋海戦」に参加しています。
この戦いでも【愛宕】【比叡・霧島】を差し置いて旗艦となり、大きくなった艦橋を思う存分活用していました。
しかしいざ実戦では、発射した魚雷が軒並み直撃する前に爆発するなど、不運にも見舞われています。
それでも【米戦艦 サウスダコタ】には【霧島・高雄】ともども数多の砲撃を浴びせています。

「レイテ沖海戦」では、世界最強の【大和】がいるにもかかわらず第二艦隊旗艦の座を守りぬき、出撃しています。

道中、潜水艦の反応があり、【愛宕】は之字運動をとって対潜警戒を敷きます。
しかし【米潜水艦 ダーター】はその中をすり抜け、900mという距離から魚雷6本を【愛宕】に向けて発射しました。
うち4本が【愛宕】の右舷に命中。
いきなりの衝撃、しかも急速に右舷に傾きはじめ、注水による傾斜回復は早々に断念されました。

司令部や指揮官は早々に避難をしたのですが、軍艦旗が降ろされていなかったことから、総員退去命令は発令されていなかったと推測されています。
なにしろ重巡ほどの大きさの軍艦が被雷から沈没までたった20分、一概に司令部の命令ミスと責め立てるには、少々時間がなさすぎたのではないでしょうか。

帝国海軍史でもトップクラスの旗艦経験数を誇る【愛宕】ですが、司令塔としての役割を果たしつつ戦果をあげることはなかなか難しかったのかもしれません。


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