旧日本海軍の戦艦、空母や航空機などについて簡単にご紹介します


御蔵型海防艦 能美

御蔵型海防艦
Escort ship 【MIKURA class】


参考資料 『写真・太平洋戦争の日本軍艦 [大型艦篇][軽艦艇篇]』(阿部安雄・中川勉)
一番艦
起工日
一番艦
進水日
一番艦
竣工日
同型艦数 次 級
1942年10月1日 1943年7月16日 1943年10月30日 8隻 日振型海防艦
基準排水量 全 長 全 幅 速 度 馬 力
940t 78.8m 9.1m 19.5ノット 4,200馬力







択捉型の名残を残しつつも、大幅強化された御蔵型


太平洋戦争開戦を目前に控え、突発的に必要になり、あまり後先考えずに「占守型海防艦」をコピーして建造が始まった「択捉型海防艦」
一方で、ちゃんと島嶼間護衛に適した海防艦を設計・建造しなければならないという考えも「マル急計画」にはありました。
「占守型・択捉型」を「甲型海防艦」と位置づけたことに対して、以降の新規設計海防艦は「乙型海防艦」と分類されることになります。
その1番手が、「御蔵型海防艦」でした。

「御蔵型」では、まず全く使用する機会のなかった暖房用の補助缶が廃止されます。
続いて装備が大幅に刷新。
爆雷の数は36個から一気に120個までに膨れ上がり、爆雷投射機も2基に増加。
主砲はこれまでは12cm単装砲の平射砲でしたが、これでは対空砲撃ができないため新たに12cm連装高角砲単装高角砲を1基ずつに変更。
機銃は変わらず25mm連装機銃2基でしたが、これまでよりも遥かに対空装備が増強できました。
この12cm高角砲はすでに旧式でしたが、排水量が多くない海防艦にこの軽量の高角砲は適していました。

代わりに航続距離は16ノット:8000海里だった「占守型・択捉型」に対して16ノット:5000海里と激減。
正直そこまでの航続距離は必要なかったので、これもまた想定される運用に見合った性能に落ち着いたと言えるでしょう。

一方で、各艦を専門屋にしておくのはもったいない、という思考は未だに根強く、掃海艇が本来行う作業である機雷除去をこの「御蔵型」にも担わせようと、「占守型・択捉型」に引き続いて機雷除去用の掃海具が搭載されていました。
また、船体そのものの設計は結局「択捉型」ベースでも対潜対空装備の増強が可能ということで、作業工程は2割削減できたものの、依然として見た目は「択捉型」を思わせるものでした。
そのため、構造が簡素になったとは言えず、平均工期は9ヶ月弱と、まだまだ量産は難しい結果となってしまいます。

このように、まだ過渡期といえる「御蔵型」は8隻が建造されます。
ところが「乙型海防艦」と分類された「御蔵型」と以降の「日振型・鵜来型」は、その後に建造される量産性最優先海防艦とも言える「丙型・丁型海防艦」の登場によって、1944年末頃からすべて「甲型海防艦」へと変更されることになります。
これは「丙型・丁型」がすべて番号(第一号海防艦など)での名称となり、それまでの島名から艦名をとっていた船と明確に区別するため、という理由がありました。
そのため、「御蔵型・日振型・鵜来型」は、時期によって「乙型」であったり「甲型」であったりする、少しややこしい状態となっております。


『御蔵型海防艦 一覧』
【御蔵】みくら
【三宅】みやけ
【淡路】あわじ
【能美】のうみ
【倉橋】くらはし
【屋代】やしろ
【千振】ちぶり
【草垣】くさがき



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