旧日本海軍の戦艦、空母や航空機などについて簡単にご紹介します


丁型海防艦

丙型海防艦
Escort ship 【HEI class】


参考資料 『写真・太平洋戦争の日本軍艦 [大型艦篇][軽艦艇篇]』(阿部安雄・中川勉)
一番艦
起工日
一番艦
進水日
一番艦
竣工日
同型艦数 次 級
1943年9月15日 1943年12月29日 1944年2月29日 59隻 丁型海防艦
基準排水量 全 長 全 幅 速 度 馬 力
745t 67.5m 8.4m 16.5ノット 1,900馬力







丁型海防艦
Escort ship 【TEI class】


参考資料 『写真・太平洋戦争の日本軍艦 [大型艦篇][軽艦艇篇]』(阿部安雄・中川勉)
一番艦
起工日
一番艦
進水日
一番艦
竣工日
同型艦数 次 級
1943年10月5日 1943年12月30日 1944年2月28日 68隻 -----
基準排水量 全 長 全 幅 速 度 馬 力
740t 69.5m 8.6m 17.5ノット 2,500馬力







数こそが全て 明日の10隻より今日の1隻を 丙型・丁型


「鵜来型」登場により、海防艦は過去最大の性能と高い量産性を得ることができました。
ただ、それに反比例するかのように喪失艦は増加する一方。
工期4ヶ月という記録を出したところで、残存数が喪失数を上回らなければ戦力増強とは言えません。
ならば、より早く船を造るしか方法はありません。
「鵜来型」は高性能でしたが、もはや何よりも数、1にも2にも数、数を稼ぐためならなんでもしなければ、日本は衰退の一途です。

そこで目をつけたのが、主機でした。
船体の製造は安定して続々と建造されていたのですが、この複雑な構造を持つ主機の量産が思うようにいきません。
このままでは心臓のない船体が徐々に列を連ねることが想定され、急ぎ打開策を講じることになります。
必要なのは、量産性の高い主機。
「丙型海防艦」ではこれまでの艦本式22号10型ディーゼルエンジンに代わり、駆潜艇で採用されていた艦本式23号乙8型ディーゼルエンジンが採用されることになりました。

ただ、当然量産性が高い分性能は落ちます。
2基2軸で4,600馬力あった22号に比べ、23号は2基2軸で1,900馬力と半分以下。
速度も19.5ノットから16.5ノットへ低下し、当然航続距離も短くなってしまいます。
加えて駆潜艇の倍ほどの大きさを持つ海防艦では、この16ノットすら出すのは困難だと危惧され、過給器をつけることで馬力を補助することが計画されます。
しかしこれは杞憂に終わり、実際は過給器なしでも16ノット以上は出せることが判明しました。

その他も船体の小型化が進められ、とにかく量産性を高めるために何でもやりました。
そのおかげで居住性は低下し、燃料搭載量も減少、装備も爆雷は120個と維持はしたものの、その他は「鵜来型」に劣ります。
面白いのは、「丙型・丁型海防艦」は迫撃砲を搭載しているところです。
陸軍の九七式曲射歩兵砲を改造した三式迫撃砲は、本来なら扱いやすく速射性の高い迫撃砲を音響弾発射機として採用し、対潜威嚇装備として使われました。
小型で装備が減少する中、可能な限りの工夫が凝らされていました。
それでも一方では、「半年使えればいい」という声も聞かれたと言います。

しかし「丙型」の23号がいくら量産性が高いと言えども、安心して続々と生産できるわけではありません。
そのため第二の策としてとして、同船体で使うためにほぼ同寸法・同重量の別の主機を使った海防艦も計画されました。
それが「丁型海防艦」です。
「丁型」の主機はこれまでのディーゼルエンジンではなく蒸気タービン
戦時標準船の蒸気タービンを海防艦に使うことにしたのですが、この蒸気タービンは1基1軸と、戦時中の戦闘艦で「丁型」は初めての1軸推進観となります。
またこの蒸気タービンの関係上、煙突の位置や形状も「丙型」と異なります。

蒸気タービンは燃費が悪く、最大馬力は2,500馬力と23号に勝るものの、14ノット:4,500海里を維持するために搭載する燃料が240tとなりました。
対して「丙型」の搭載量は6,500海里でも100t少しです。
燃料不足の日本にとって、数を補うために数少ない燃料を投入する、矛盾を孕んだ海防艦となってしまいます。

このような経緯で登場した量産特化型海防艦の「丙型・丁型海防艦」
実はこの呼び名、計画時のもので、正式な型名は「丙型」『第一号型海防艦』「丁型」『第二号型海防艦』です。
「丙型・丁型」は、ともにこれまでのように何かしらの名前があてがわれたわけではなく、ついに「丙型」=奇数艦名、「丁型」=偶数艦名と数字で名前がつけられるようになりました。
「丙型」は計画数133隻に対して53隻が竣工、「丁型」は143隻に対して63隻が竣工しています。
竣工艦数や、最短の建造期間が「丁型」で74日という無茶苦茶な記録があるように、量産性特化の成果は確実に出ていました。
ただ、沈没艦がともに25隻、26隻と半数近く、活動期間が短いわりには被害は甚大で、「鵜来型」沈没艦が20隻竣工に対して4隻という数字を見ると、やはり性能・装備というのは生存性に直結していることがよくわかります。

「丙型」三菱日本鋼管などで建造がされましたが、この中で日本鋼管製の「丙型」の建造速度や質が他社に比べて優れていたため、「鵜来型」建造も行っていた日本鋼管「丙型」一本に集中させています。
「丁型」三菱長崎を中心とし、川崎・横須賀海軍工廠播磨造船等、あらゆるところで建造されました。
戦後も何隻は建造が続けられ、生存艦とともに掃海艦や特別輸送艦として従事し、その後は大半が戦勝国に引き渡されています。


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⇐鵜来型海防艦





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