旧日本海軍の戦艦、空母や航空機などについて簡単にご紹介します


駆逐艦 不知火

120年の歴史を持つ駆逐艦とは その誕生と経緯


小柄な船体から強力な魚雷を発射し、潜水艦はもちろん空母や戦艦をも脅かす存在だった駆逐艦は、戦艦すら消滅した現代においてもなおその名で生き残っており、海上を護衛する立派な艦艇です。
日本の海上自衛隊はすべてを護衛艦に統一していますが(「あたご型」「むらさめ型」など)、アメリカでは「Destroyer(駆逐艦)」と呼ばれている艦も存在します。
現代では駆逐艦は汎用性のある巡洋艦という立ち位置に変わっています。

さて、そもそも駆逐艦とはどういった存在だったのでしょうか。
誕生は1890年代のイギリスだと言われています。

当時は戦艦・装甲巡洋艦・水雷艇が主だった艦艇でしたが、1886年、フランス海軍は水雷艇の大増備を行いました。
水雷艇は外洋には出れませんが、近海では戦艦・装甲巡洋艦よりも素早く動きまわることができます。
フランスは明確に艦艇の棲み分けをすることにより、戦闘の優位性を手中に収めようとしたのです。

これに対してイギリス海軍は、この水雷艇を黙らせる効果的な艦艇の開発に乗り出します。
当時イギリスはアームストロング社が速射砲の開発に成功、また蒸気発生器(水管ボイラー)も完成したため、これらを組み合わせて全く新しい艦艇を生み出しました。
そして1894年、初の駆逐艦「ハヴォック級駆逐艦」が産声をあげます。
当時は水雷艇対策だったため、水雷艇破壊艦という分類でしたが、まもなく駆逐艦と呼ばれるようになりました。

やがて駆逐艦は水雷艇に兵装が上乗せされたような存在となり、水雷艇は駆逐艦に存在そのものまで駆逐されていきます。
1900年代では日露戦争で駆逐艦の存在意義がさらに向上します。
水雷艇対策だった駆逐艦は、新たに装備するようになった魚雷を武器に戦艦相手に真っ向から勝負を挑むようになっていました。
また、日本のお家芸となる水雷戦と夜戦もこの時から実施されています。

第一次世界大戦が始まる頃には駆逐艦もどんどん大型化され、排水量は1,000t程度、速度も30ノットを超えるようになります。
役割は攻撃部隊に加え、敵駆逐艦を撃退する護衛任務、さらには存在感が日に日に増してきた潜水艦を沈める仕事も任されるなど、多忙を極めました。
またこの一方で、護衛に特化した小型の護衛駆逐艦と呼ばれるものも登場し始めました。
ドイツの潜水艦がイギリスの輸送船を片っぱしから沈めていったので、イギリスの護衛駆逐艦は対潜特化の駆逐艦となりました。

第一次世界大戦が終結すると、今度は「ワシントン海軍軍縮条約」が駆逐艦をさらに強力なものへと持ち上げます。
「ワシントン海軍軍縮条約」は主力艦である戦艦・空母の保有率を各国によって制限するものであり、これによって10,000t以下の補助艦艇はより存在感を増すこととなるのです。
その先駆けとなるのが、日本の「特型駆逐艦」です。
兵装・雷装・さらには外洋航行能力の圧倒的向上を見せた特型駆逐艦は、世界に激震を走らせました。
それに触発された世界はより一層熱心に開発を行うようになり、特に日本よりも保有数が少なくなったイタリア・フランスは躍起になりました。

しかしそれを妨げたのが、「ロンドン海軍軍縮会議」です。
これによって各国は補助艦艇までもが保有制限の縛りを受けることになり、各国とも建造中止、廃艦などの憂き目にあっています。
ちなみに、この煽りを受けて復活を果たした艦艇があります。
それはある意味駆逐艦の生みの親でもある、水雷艇です。
この時代ではかなり小柄な600t以下の艦艇は保有制限がかけられなかったため、日本やイタリアでは水雷艇の復権が小規模ながらもあったのです。
とは言え、この時の水雷艇(千鳥型水雷艇・スピカ級水雷艇など)は水雷艇と言うよりは小型の駆逐艦で、兵装も似たようなものでした。

第二次世界大戦・太平洋戦争が始まる頃には、戦争はさらに複雑化し、空が戦況を大きく左右する時代となっていました。
すなわち、求められるものがまた一つ増えたのです。
駆逐艦は対潜能力を強化された上、さらに対空兵装として仰角の高い砲塔や機銃を搭載するようになりました。
また、これにともなってアメリカは駆逐艦の役割を主力艦から護衛艦へと明確にシフトチェンジし、大量建造が可能なシンプルな構造の駆逐艦を量産しています。
一方日本はあくまで駆逐艦は水雷戦隊の主力であるという位置づけを変えず、開戦後に慌てて装備換装などで対空兵装を強化することになりました。

戦後、駆逐艦は徐々に主力であった戦艦・巡洋艦すらも陳腐化させていくようになりました。
その大きな要因は、ミサイルの開発にあります。
大型砲塔がなくとも、ミサイルがあれば恐ろしいほどの威力を発揮することができるため、わざわざ大型艦を運用する必要がなくなったのです。
戦艦は1990年に50年近く予備役時代を含めて運用された【米戦艦 アイオワ】の退役を最後に消滅。
代わって駆逐艦と巡洋艦が現代の海上護衛を務めていますが、巡洋艦はごく一部で、大多数は駆逐艦もしくは駆逐艦級の艦艇です。


さて、このように歴史を辿っていくと、駆逐艦はある共通点に沿って成長していることがわかります。
それは、「当時の主力に対抗する能力を有する存在」となっていることです。
対水雷艇(近接戦の主力)、対潜(輸送船団の敵、主力艦艇への脅威排除)、対艦(主力艦艇の護衛)、対空(船団・艦隊護衛)
これら全て、当時自軍に勝利をもたらすために最も力を注がなければならないものでした。
駆逐艦はこのように、時代に合った進化を真っ先に遂げてきた艦艇だったのです。
今後も駆逐艦は世情を反映した形へと姿を変え、海を渡り続けることでしょう。


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