旧日本海軍の戦艦、空母や航空機などについて簡単にご紹介します


駆逐艦 高波

駆逐艦 高波【夕雲型駆逐艦 六番艦】
Destroyer  TAKANAMI 【YUGUMO-class Destroyer 6th】


参考資料 『写真・太平洋戦争の日本軍艦 [大型艦篇][軽艦艇篇]』(阿部安雄・中川勉)
起工日 進水日 竣工日 退役日(沈没)
ルンガ沖夜戦
建 造
1941年5月29日 1942年3月16日 1942年8月31日 1942年11月30日 舞鶴海軍工廠
基準排水量 全 長 全 幅 速 度 馬 力
2,077t 119.0m 10.8m 35.5ノット 52,000馬力







短くも、鮮烈な一生 高波


【高波】の竣工時、すでにガダルカナル島とソロモン海域では激しい戦いが繰り広げられていました。
9月27日、「沖輸送」の一環として【輸送船 賀茂丸】【陸軍病院船 波上丸】を護衛し、ラバウルへ向かうのが初任務となります。
しかし10月7日、ラバウル到着直前で【米潜水艦 スカルピン】の襲撃を受けて【波上丸】が沈没。
ほろ苦いデビューとなってしまいました。

道中で第三十一駆逐隊に編入されることが入電された【高波】は、10月10日にトラック島で僚艦の【長波・巻波】と合流。
到着後すぐに【高波】【金剛・榛名】らとともにヘンダーソン飛行場の艦砲射撃に参加します。
918発もの砲弾を容赦なく撃ちこみ、ヘンダーソン飛行場は炎に飲み込まれます。
さらに13日(【高波】不参加)、15日にも数百発の砲弾を浴びせ、ヘンダーソン飛行場はその役目を果たすことができなくなる、はずでした。
ところが日本が気づくことのなかった新滑走路がその思惑を打ち破り、未だ制空権を奪取することはできませんでした。

業を煮やした帝国海軍は10月26日に一航戦【翔鶴・瑞鶴】を引っ張りだし、ガダルカナル島の殲滅を狙います。
そして「南太平洋海戦」が勃発。
【高波】は前進部隊に所属していましたが、敵艦隊の目標は空母であったため、幸か不幸か【高波】の被害はありませんでした。
海戦では【翔鶴】大破と多数の艦載機とパイロットの喪失、一方米軍も【空母 ホーネット】撃沈、【エンタープライズ】中破など空母が機能停止し、痛み分けの海戦となりました。
また、本来の目標であったガダルカナル島砲撃は達せられず、その後の「第三次ソロモン海戦」の敗北によって日本はついにガダルカナル島を諦めることになります。

「南太平洋海戦」後、【高波】は鼠輸送作戦に従事し、ショートランドとガダルカナル島の往復をこなします。
しかし「第三次ソロモン海戦」の裏で行われていた輸送作戦では、やはり立ち塞がるヘンダーソン飛行場からの攻撃によって11隻の輸送船が半減。
1隻退避し、【広川丸、山浦丸、鬼怒川丸、山東丸】がなんとかガダルカナル島に到着しますが、この4隻も上陸後に戦火に巻き込まれて炎上、兵員こそ上陸しましたが、物資の陸揚げはほとんどが叶いませんでした。
【高波】や他の護衛駆逐艦はこの時、沈没した輸送船から逃げ出した多くの乗員を乗せていました。

海戦の敗北だけでなく、物資輸送すら失敗した日本は窮地に追いやられます。
ガダルカナル島には多くの陸軍兵士たちが飢えに苦しみ(「餓島」と呼ばれる所以です)、戦いどころではありませんでした。
日本は最後までこの輸送任務の失敗によって劣勢に甘んじ続けたと言っても過言ではありません。

輸送船も軒並み沈み、鼠輸送はより一層重要度を増しました。
しかし投錨して沿岸から物資を輸送すれば空襲を受けるとひとたまりもありません。
そこで編み出されたのが、ドラム缶輸送でした。
ドラム缶にある程度食料などの物資を詰め込み、大量に用意したドラム缶を全てロープで繋ぎます。
それを積んで駆逐艦による鼠輸送を実施、沿岸が近づくとドラム缶を海に投げ出し、現地にある大発動艇などがそのロープを回収し、陸まで物資を引き上げるという方法でした。

【長波】旗艦、【高波】が先陣を切って、予備魚雷すら下ろした8隻の駆逐艦がショートランドを発ちます。
11月29日のことでした。
しかし翌日、航行中に米軍の偵察機が鼠輸送船団を発見。
直ちにこれを阻止すべく、米軍は重武装の重巡洋艦4隻を含む11隻の艦隊を編成しました。

一方【長波】に座乗する田中頼三第二水雷戦隊司令官(当時少将)も各艦に戦闘の覚悟をするように通達。
荒天の中、【高波】は7隻の駆逐艦を率いてガダルカナル島を目指します。
しかし21時頃、警戒のために先行していた【高波】がついに米艦隊を発見。
即座に田中少将に報告し、さらに米軍からの星弾によってその姿が闇夜の中で明るみになると、田中少将は重りとなるドラム缶の投棄を決定、全艦戦闘態勢に入ります。

一方米軍も同時期に【高波】および本隊の発見に成功。
しかしこれが別々に報告されたため、それぞれの真偽の確認に空白の時間が生まれます。
この空白の時間と、【高波】が先行していたことが、この後の「ルンガ沖夜戦」の勝敗を分けるのです。

報告から5分後、先ほどの星弾に加えて、レーダーを駆使し、より正確な砲撃が可能となった米軍からの砲弾が【高波】へ浴びせられます。
突撃した【高波】も負けじと砲撃を開始し、さらに予備魚雷をおろしたため8本しかない魚雷を惜しげも無く発射。
この魚雷発射が【高波】初にして最後のものとなります。
砲撃直後、【高波】は集中砲火を絶え間なく受けることになり、闇夜の中、爆炎と星弾の光で【高波】だけが常に姿を晒し続ける状態でした。
魚雷発射管が爆発、続いて缶も轟音を上げて炸裂し、さらに3つの主砲も全て被弾。
艦上構造物は完全に破壊され、あっという間に【高波】は洋上に浮かぶ鉄の塊と化してしまいます。

しかし【高波】に被害が集中したこと、また【高波】が本隊と距離をおいて航行していたこともあり、その間に【長波】はじめ7隻の駆逐艦はしっかりと戦闘準備に入ることができました。
奇襲攻撃だった米軍の砲撃を、奇襲にさせなかった【高波】の大きな功績でした。

各艦は一斉に酸素魚雷を発射。
速く、見つかりにくい酸素魚雷は米艦隊に襲いかかり、【米重巡 ノーザンプトン】撃沈、【米重巡 ミネアポリス、ニューオーリンズ、ペンサコラ】が大破。
【ミネアポリス、ニューオーリンズ】の被害は、【高波】の魚雷発射記録と両重巡の被害時刻から【高波】の放った魚雷によるものだと推定され(【ミネアポリス】は重巡隊列の先頭にいました)、【高波】はただ囮になっただけでなく、自身もまた大きな戦果を挙げています。

その他の艦も混乱の最中とても戦闘を続行できる状況ではなく、次々と離脱。
各艦それぞれが魚雷1発2発で致命的な被害を負うその姿は、日本の水雷戦隊が描いた最高の光景でした。

あっという間に主力の重巡が壊滅し、形成は一気に逆転。
かたや駆逐艦1隻の被害に比べ、米軍は真打ちとして用意した重巡4隻が全滅。
【高波】は33名の命しか助からないという大被害を負ってしまいますが、この【高波】が日本の勝利をもたらしたのです。

小倉正身艦長が防火対策に熱心だったこともあり、50発もの砲弾を受け、スクラップ寸前の状態ながらも【高波】はまだ炎上することなく留まっていました。
曳航の可能性もありましたが、乗員の救助に向かった【黒潮・親潮】が目の当たりにした【高波】からは、元の姿に戻る未来が思い浮かびませんでした。
さらに敵影が再び接近してきたこともあり、【黒潮・親潮】は曳航を断念。
【高波】にある小発やカッターも軒並み破壊されており、横付けもできない中、救助の暇も残されていませんでした。
【親潮・黒潮】は涙をのんで【高波】から離れます。

やがて、敵の砲撃を受ける前に【高波】は沈下、さらに3番砲塔が爆発し、沈没後に再び爆発。
わずか92日という短い歴史ながら、鮮烈な光を放った【高波】の最期でした。


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