旧日本海軍の戦艦、空母や航空機などについて簡単にご紹介します


空母 神鷹

航空母艦 神鷹
Aircraft carrier  SHINYO


参考資料 『写真・太平洋戦争の日本軍艦 [大型艦篇][軽艦艇篇]』(阿部安雄・中川勉)
起工日 進水日 竣工日
(空母改装完了)
退役日(沈没) 建 造
0000年00月00日 1935年4月30日 1943年12月15日 1944年11月17日 独 デシマーク
基準排水量 全 長 全 幅 速 度 馬 力
17,500t 198.64m 25.60m 21.0ノット 26,000馬力







金剛以来の海外艦は、ドイツ客船シャルンホルスト


帝国海軍所属の軍艦の中でも、文字通り異色の存在となったのがこの【神鷹】です。

【神鷹】の元の姿は【ドイツ客船 シャルンホルスト】
北ドイツ・ロイド汽船所属の大型客船でした。
【シャルンホルスト】は日本航路ではなく東洋航路に就航していた客船で、神戸港に立ち寄った後、マニラ経由でシンガポールへと向かっていました。
しかしその途中、ドイツ本国から【シャルンホルスト】に無線が入り、急遽神戸港へと戻ることになりました。
1939年、「第二次世界大戦」の勃発です。

航路には連合国側が占拠する地区がいくつもあり、給油することができなくなった【シャルンホルスト】は日本国内で抑留されることになってしまいました。
乗員などは中立条約によって国交があったソ連を通じて長旅ながらも本国へ帰国していますが、結局【シャルンホルスト】はそのまま数年間神戸の地で浮かんでいました。

やがて日本も太平洋戦争に突入、さらに半年後には「ミッドウェー海戦」の大敗という緊急事態に陥ります。
日本はとにかくできる限り空母を手っ取り早く建造することになり、商船を改装したり、「雲龍型」の建造に着手しました。
その一環として目に飛び込んできたのが、プカプカ浮き続けているドイツの大きな客船でした。

日本はどうせ帰ることのできない【シャルンホルスト】を譲ってほしいとドイツ政府と交渉し、その交渉は見事成功。
戦後購入額を支払うということで、【シャルンホルスト】は日本の空母になることが決まったのです。

【シャルンホルスト】は幻の大和型4番艦【111番艦】の建造中止で余剰になった資材を流用し、1年3ヶ月ほどで空母への改装が終了しました。
ここに久々の海外艦【神鷹】が誕生しました。

しかしやはり日本仕様と海外仕様は勝手が違い、ワグナーボイラー艦本式ロ号へと換装する再改装が行われました。
ワグナーボイラーのほうが性能は上だったのですが、日本ではこのボイラーの整備ができず、不具合や故障が出た時に対処できなかったのです。
結局編成に合流できたのは1944年6月と、1943年12月の竣工から半年も経っていました。

【神鷹】は他の商船改装空母と同じく船団護衛を任され、当初は順調に任務をこなしていました。
しかし日本の暗号はどんどん解読されやすくなっており、編入からたった半年後、【米バラオ級潜水艦 スペードフィッシュ】の4発の魚雷に襲われます。
この船団は道中ですでに2隻の陸軍特殊船を失っており、完全に狙い撃ちされました。
【神鷹】は大量のガソリンに引火して大爆発、30分後に沈没した【神鷹】の生存者は1,160人中たった60人でした。


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