旧日本海軍の戦艦、空母や航空機などについて簡単にご紹介します


空母 鳳翔

航空母艦 鳳翔
Aircraft carrier  HOSHO


参考資料 『写真・太平洋戦争の日本軍艦 [大型艦篇][軽艦艇篇]』(阿部安雄・中川勉)
起工日 進水日 竣工日 退役日(解体) 建 造
1920年12月16日 1921年11月13日 1922年12月27日 1947年5月1日 浅野造船所
横須賀海軍工廠
排水量 全 長 全 幅 速 度 馬 力
7,470t
① 165.25m
② 180.80m
18.0m
25.0ノット
30,000馬力
※①竣工時  ②1944年(練習艦時代の飛行甲板の全長)

最初から空母として作られた、世界初の正規空母


第一次世界大戦と第二次世界大戦で最も違うところは、何と言っても「空母」と「航空機」の存在です。
それまで戦いは陸・海で行われていましたが、ライト兄弟が開発した飛行機は、空をも戦場へと変貌させてしまいます。
第一次世界大戦でも飛行機は存在していたのですが、とても戦況を左右するしろものではありませんでした。

先だって、イギリスは大型の【巡洋艦 フューリアス】を空母へと改造しています。
(当然といえば当然ですが、欠陥だらけだったそうです。)
それを見た日本も空母に興味を持ちますが、いかんせん技術がありません。
そこで【金剛】と同じく、同盟国であったイギリスに技術者を派遣してもらい、純粋な空母の建造に協力してもらうことになりました。
当時イギリスも【フューリアス】とは別に【正規空母 ハーミーズ】の建造を行っていたものの、非常に慎重な工程だったため、完成までに6年もかかっています。

造船技術そのものに問題があるわけではなかった日本は、空母の核である「空母デッキ」の建造を中心に技術提供を受けます。
また、イギリス技術者には建造の協力だけでなく、艦載機運用の指導も受けています。

そうして2年で竣工した【鳳翔】(建造当初は「龍飛」)は、起工こそ【ハーミーズ】よりも遅れますが、世界で初めて竣工した正規空母してこの世に生を受けます。
【赤城】【飛龍】と違い、建造時から右舷に煙突と艦橋を集中、煙突は角度を変えることができる起倒式を採用しました。

空母 鳳翔
(建造時の鳳翔)

空母の初陣を飾り、終戦後は復員船 日本の母、鳳翔


さて、いざ運用してみると、部分部分で不具合が発生します。
その大本の原因は、船体の小ささでした。
【鳳翔】が竣工する頃はすでに航空機は大型化の流れがあり、小型の【鳳翔】、大型の航空機、さらには甲板に乗っかる形の艦橋は非常に着艦を困難にしていました。
あまりの難易度に、初めての搭乗で着艦できたものには航空機を製造していた三菱重工業から賞金が出るほどでした。

1924年の改装では艦橋は取り払われて格納庫前へ移動、その後も煙突や対空火器の換装、混焼缶を重油専用缶に変更するなど、細かな改装が行われています。
結果的に【鳳翔】は、シンプルな造りへと変貌していきました。

1932年の「第一次上海事変」では【加賀】とともに出陣、世界初の空母運用、また、日本初の敵機撃墜記録を残しています。
その後も「支那事変(日中戦争)」に参戦し、【赤城・加賀】のサポートとして【龍驤】とともに奮戦しています。

しかし時代はどんどん【鳳翔】を旧式へと追いやります。
【蒼龍・飛龍】、そして【翔鶴・瑞鶴】が誕生し、航空機の大型化は依然続きます。
すべてが小型の【鳳翔】が戦える場所は減少の一途をたどり、大敗を喫した「ミッドウェー海戦」後は、空母を4隻も喪失したにも関わらず練習艦として運用されることになります。

練習艦へ格下げ後、飛行甲板の延長が施され、船体よりも15mも長い飛行甲板を背負うことになりました。
それでも飛行甲板の幅は広げることができず、加えて船体は非常にアンバランスになったため、今度は長距離航行ができなくなりました。
練習艦なので外洋に出ることはありませんが、これで【鳳翔】は国内で戦況をただ見守ることしかできなくなります。

数多くの訓練兵を戦地へ送り出し続けた【鳳翔】は、多くの傷ついた艦とともに呉で終戦を迎えます。
【鳳翔】はついにたった一度も被弾することなく、全くの無傷で敗北を告げられました。

その無傷の船体は国内では貴重でした。
母たる【鳳翔】は、延長した飛行甲板を撤去し、戦地を駆け抜けた兵士たちを迎えに行くため、復員船として南方と日本を9往復します。
日本の地へ送り届けた兵士の数、およそ4万人
空母として初の仕事を行った【鳳翔】は、帝国海軍最後の任務を成し遂げ、その役目を終えます。

1946年8月に解体が始まりました。
解体された日立造船桜島工場は、日本最後の空母【葛城】を解体した工場でもあり、日本の最初と最後をともに看取った場所でした。

太平洋戦争での戦果はほぼ皆無、しかし戦前・戦中・戦後の日本の発展に寄与した【鳳翔】は、いつも日本を育てたまぎれもない母でした。


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